プロフィール

こんにちは!

お客様の分身となるデザインを制作し、人の心を癒して元気にするアートを描く若生ひとみです。

若く生きる、と書いて「わこう」と読む、ちょっと珍しい苗字です。

 

私は今、グラフィックデザイン事務所を営むかたわら、

毎月山の中で絵画制作を行い、都内のギャラリーや海外で展示活動をしています。

 

これまでデザインや絵画の仕事をしてきて、さまざまなことを体験しました。

こちらでは、私がどのような道を歩んできたかをお伝えしたいと思います。

 

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目次

ハードな生育環境と幼な子の決意
7歳で売れっ子画家に!?受賞ラッシュ!


オタ活に励みマンガ家目指した中高時代と初個展!
現役高校生マンガ家ゴロゴロの高校でオタ活謳歌


ハタチ過ぎればタダの人!?
日本中から集まった優秀な美大生の中で現実を知る


グラフィックなのに自動車会社!?
就活でたどり着いた摩訶不思議な進路…


両立困難なグラフィックの職場と主婦業
22時帰宅でも私が夕食作り!?


ひとつしかなかった「母」の選択肢
ブラックなワンオペ個人事業で心身ボロボロ!?


抽象画と出逢い天命と向き合う
「隙のない美しいデザイン作品」より「ふわ~っとした抽象画」が大人気に!

心身が鍛えられ磨かれながら描ける山の中へ
毎月の山入り絵画制作、毎年の銀座個展!


銀座、ニューヨーク、ロワール、そして…
家族の協力と素敵なご縁に恵まれ、感謝ばかりの毎日

 

コンセプト

技法


活動実績

 

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ハードな生育環境

~7歳で売れっ子画家に!?受賞ラッシュ!~

 

私は、横浜の軽工業地域で建設業を営む家に生まれました。

 

ガタイのよい強面のおじさん達が出入りする自宅は、クレーンが揺れ溶接の匂いの立ち上る工場の上にあり、朝は若手の職人とともに朝食を食べ、夜は来客のお酌をするような環境で育ちました。

 

物心ついた時から絵ばかり描いていた私は、女流画家に弟子入りさせてもらいつつ、工場にあったチョークで家の前の道路をキャンバスにし、毎日絵を描き続けていました。

 

両親は、昭和のスポコン漫画「巨人の星」の主人公の父親「星一徹」のような激烈な父と、工場の現場・経理や着物講師を行う苛烈な母で、一般家庭ではありえないような大変なことばかりの日々でした。

 

そのような両親とその生い立ちのおかげで、過酷な環境や多彩な個性における耐性ができ、人とのコラボレーションや交渉、経営のノウハウ、好きな仕事を貫く力を身に付けられたように思います。

 

 

幼な子の決意

大好きだった祖母が入院した時のこと。
その病室は無機質でとても冷たく感じられ、幼いながらにその空間が彼女の元気を奪っているように感じられました。

 

私は「私の絵をその病室に飾ったら、絶対におばあちゃんは元気になるんだ!」と信じきり、無心になって祖母のために絵を描いたのを覚えています。

 

後日、その絵を祖母の病室に貼ってあげたら、彼女は元気だった頃のように目を輝かせ、優しく微笑み、喜んでくれました。

 

その瞬間、私の絵画が祖母の笑顔とともにその空間をほんわか暖かく包んだように感じられ、全身の細胞が湧き立つような感覚があったのを覚えています。

 

その出来事が、私の人生に大きく影響し、アーティストになる礎にもなりました。

 

以降、私の絵画が親族の中で評判となって次々と絵画の依頼が入るようになりました。
当時師事していた女流画家の先生が出品してくださった作品も最優秀賞や入賞・入選して百貨店に飾られ、図画工作の授業で描いた作品が市主催の行事に推薦され、教科書に載るなどの結果を生むようになりました。

 

 

 

 

オタ活に励みマンガ家目指した中高時代と初個展!

 

 現役高校生マンガ家ゴロゴロの高校でオタ活謳歌

 

小学校高学年〜高校まではいわゆるマンガやアニメに夢中になり、マンガを描き、印刷し、コミケで売って、コスプレするなど毎日楽しくオタ活生活を送っていました。

 

高校はマンガ家の現役高校生が通う学校で、美術マンガ研究部の部長になり、画家かマンガ家になることを夢見てマンガや小説を書く毎日でした。

でも、絵やマンガでは食べて行きづらい世の中の構造を知ってからは、デザイナーになるべく美大を目指し予備校に通い始めました。

 

高校卒業の春、横浜信用金庫からオファーをいただき18歳で初個展を開催!


思いがけずお声がけをいただき、ビックリでした。
銀行の方々やご来場の皆様にご好評いただいて、ちょっとした親孝行ができて嬉しく思ったことを覚えています。

 

 

ハタチ過ぎればタダの人!?

日本中から集まった優秀な美大生の中で現実を知る

 

約30倍の狭き門に現役合格し、意気揚々と美大に通い始めたものの、蓋を開ければ全国から集まった優秀なクラスメートに愕然とする毎日でした。

 

親戚や地域や学校で「すごいね!」と言われ特別視された日は遥か遠く、「どこにでもいるフツーの美大生」であることを知った私は、次第に、フツーに就職できればそれでいいや〜と思うようになりました。

ただし、コラージュ作品は常に高評価

 

そのような中でも、コラージュ作品においてはいつも教授達から高評価を受けて課題でトップ脱出(NGによるやり直しループからの脱出)していたので、それが今の制作にも活かされているように思います。

 

 

 

グラフィックなのに自動車会社!?

就活でたどり着いた摩訶不思議な進路…

 

美大での専攻は視覚伝達デザイン(グラフィック)でしたが、就職活動においては、出版系や印刷系の会社が軒並み落ちていきました。
そのような中、摩訶不思議なことに自動車会社の選考だけが順調に進み、デザイン部長面接にも通って合格してしまいました。

 

当初はグラフィック系の配属となる予定だったのですが、いざ入社してみると、がっつりインダストリアルな部署に配置されました。


私は車の部品もろくに覚えられず、
こまかな色の指定を行う図面や指示書ではリヤスポイラーとバンパーを間違えて指示するなど、呆れるようなミスもしました。

 

でも、さまざまな部署と関わり合いながらチームで仕事の進め方や、開発事業における企画や役員プレゼンなど市場に出るまでのプロセス、コスト削減のための工夫と提案などをさせていただいたおかげで、この大企業での仕事がその後の私の仕事人生の礎となりました。

 

  

 

両立困難なグラフィックの職場と主婦業

22時帰宅でも私が夕食作り!?

 

自動車会社で3年半勤務した後、全国展開する自然系サイン会社で悲願だったグラフィックデザインの仕事に就きました。


全国各地の大規模公園における花や植物・鳥などの生態系の解説板や園内地図など、どこをとっても私の大好きなもので構成されている仕事で、とても楽しく充実した日々を送っていました。

ただ、毎日かなりの残業で、繁忙期は終電がなくなった時間帯にタクシーで帰ることもしばしば...。
転職して2年が経過した頃に結婚し、先に帰宅した方が夕食を作るというルールを設けていましたが、夫の業界も多忙だったため、22時に帰宅しても私が食事作りをするという毎日でした。

結局、家事の殆どを私が行わなければならず、そうこうしているうちに無理がたたって体調を崩し、半年ほどで退職を余儀なくされました。

 

その後、フリーランスでデザインの仕事をしながら、実家の建設会社で父に付いて営業見習いをしていましたが、数か月で妊娠が発覚して体調が不安定になり、全ての仕事を断念、当時「それだけは嫌だ」と思っていた「主婦業」に徹せざるを得なくなりました。

 

 

 

ひとつしかなかった「母」の選択肢

ブラックなワンオペ個人事業で心身ボロボロ!?

 

ただ、意外にも主婦業や母業が楽しく、毎日の家族の食事やおやつを手作りしたり、ママ友達と情報交換したりしながら公園などで子どもを遊ばせるなど充実した毎日を送っていました。

 

そのような中、下の娘が生まれた年に夫の業界が大不況となり、家計を助けるために私も働くことに...。

でも、当時のデザイン業界は深夜までの残業が多く、周囲に頼れる親族などもいなかったため、オフィス勤めを断念。自宅で起業するしかありませんでしたが、「SOHO(スモールオフィスホームオフィス)」という就労形態が広がりつつあったことも追い風となって保育園申請も通過、2000年4月に個人事業主となりデザイン事務所「ルビーデザイン」を立ち上げました。

ただ、長女の妊娠出産当時から、夫は単身赴任や長期出張・海外出張を繰り返し、戻ってきても毎日終電という生活を送っていたため、私の「ワンオペ状態」が長く続きました。

ほぼ100%の家事や育児の他、デザイン仕事、講師業、NPO法人理事業務、PTA業務、娘業、嫁業などで、睡眠時間が1~2時間という時期が長かったです。

デスクチェアに座って仕事をしていると寝てしまうので、椅子を外し、膝をついてPCに向かっていたことも多かったです。

そんな無理をし続けていたので、定期的に大きな病気にかかっては療養...という生活を繰り返し、心身ともにボロボロになっていました。

 

 

抽象画と出逢い天命と向き合う

「隙のない美しいデザイン作品」より「ふわ~っとした抽象画」が大人気に!

 

そんなある日、ある抽象画家さんのアートレッスンを受けました。
正直なところ、そのころは抽象画が何を表しているのかもよくわからず、殆ど興味がなかったのですが、そこでの体験は私にとって非常に衝撃的な出来事となりました。

描いている時も、描いた絵を眺めていても、私の心を深く癒したのです。
描けば描くほど何かが解放され、心が優しくほぐれ、感覚が研ぎ澄まされていく...。
気づけば、すっかり魅了されていました。

当時私はデジタルハリウッド大学名誉教授 南雲南雲治嘉先生の「南雲塾」のTA(ティーチングアシスタント)として、塾生による絵画展も企画進行していたので、思い切ってその年の作品に抽象画を出展してみました。

すると、私の得意技だった「隙のない美しいデザイン作品」よりも、「ふわ~っとした表現による抽象画」の方が反響が大きく、ポストカードもほぼ完売となるほど大好評でした。

その後、抽象画家さんのサポートや周囲の人たちの後押しもあり、2013年に抽象画家としての初個展を開催しました。
おかげさまで初年度から多くの方々のご来場とご購入をいただき、その年以降、毎年個展を開催し続けています。

まさしく、天命に出逢った出来事となったのでした。

 

 

心身が鍛えられ磨かれながら描ける山の中へ

毎月の山入り絵画制作、毎年の銀座個展!

 

最初、絵画制作は自宅のリビングにブルーシートを敷いて日中に行っていました。

でも、筆が乗ってきた頃、子ども達が「ただいま~!」と帰ってきたり「ピンポーン、宅配で~す」と来たり、仕事の電話が鳴ったりしていたので、長時間集中して描ける環境ではありませんでした。

すると、地元の知人から県内の山の中にある宿泊所付の芸術公共施設を紹介してもらったのですが、ここが、私にとってドンピシャな素晴らしい環境でした。
2014年の春から2泊3日滞在を5年間、毎月、敷地内にある屋外キャンプ場で制作するようになりました。

屋根がないので、雨が降ったり風が吹いたり凍ったり灼熱だったりと、大自然の恩恵が直接絵画に反映する環境が過酷でありつつも、刺激的でワクワクすることばかりの期間だったのを記憶しています。

その後、同じ地区のさらに山深い私設複合施設で1年、埼玉県の秩父地方で1年、多くの別荘を持つ方のご支援で箱根で5年、そしてついに2024年の秋、念願の私専用のアトリエを箱根に構えることができ、今に至っています。

山での制作はひとりなので、最初の頃はいろいろなものが恐かったり、大失敗して大泣きしたり、思いもよらない衝撃で傷ついたりすることが多く、そのたびにひどく落ち込み、自己嫌悪に陥るなどしていました。

でも、豊かな自然の中では心身ともに鍛えられ、覚悟が磨かれ、感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのを感じました。
その時々で起こるさまざまな課題と正面から向き合い、内観し、多くの学びを得ながら少しずつ、しなやかで強い心を身に着けるようになりました。

制作の現場では、作品をご覧になる方が心身ともに寛ぎ元気になれるよう、また、森林浴のような癒しの空間をご提供できるよう、鳥のさえずり等を耳にしながら自然の大気に意識を合わせ、自らの内に感じた生命エネルギーを絵画に反映させています。


個展も、2014年から表参道のニイクで2年、2016年は表参道ヒルズ内のギャラリー、2017年から銀座ふそうギャラリーで2年、2019年には念願の銀座4丁目にあったギャラリーオカベで、2020年からは銀座画廊 美の起原で...と、毎年継続しています。


※以下、更新中

 
銀座、ニューヨーク、ロワール、そして…
家族の協力と素敵なご縁に恵まれ、感謝ばかりの毎日

 

 

 

 

 

コンセプト

私は「人の心を癒し元気にする絵画」を描くため、まずは自分自身の心が平安であること、そして、家族や周囲の人達と共に心身が健康でしあわせであることを大切にしています。

 

日常においては、神棚の前で祝詞の奏上など古神道の行法を用いて心を整え、雑念を払い、練磨しています。

 

そして、毎月山に籠って行う制作の現場では、鳥のさえずりや風の音、雨の音、虫の音や大気の状態などを意識しながら、自分自身の精神が自然の中に入っていくよう心を傾けています。そうして、自らの内に感じた生命エネルギーを絵画へ反映させ、直感的に描いていきます。

 

そのような状態で描いた絵画を目にした人が心身ともに寛ぎ元気になり、森林浴のような心地よさやリラクゼーションを感じたり、元気になったりすること、その癒しの空間をご提供することを目指しています。

 

技法

 

アクリル絵画

にじみやぼかしを効かせた抽象表現によるアクリル絵画

 

デジタル版画

アクリル絵画と花や植物などの写真とをコラージュし 印刷したデジタル版画

 

デジタル版画は具象表現を用いているため、抽象画を苦手とする方々にも安心してご覧いただいています。また、アクリル絵画よりリーズナブルという利点もあります。それらは私の作品の入り口として親しみやすく、人気があります。

 

そして、お客様が展示会場へのご来場の回数を重ねられると、デジタル版画より深みがあり、1点ものであるアクリル絵画を好まれる傾向があります。

"心のやすらぎ、気持ちの和らぎを追求" ~毎日新聞の記事より~

“アクリル絵の具の直筆ドローイングでにじみを出したり、アップした花の写真をコラージュする独特の技法と画想で抽象画を描く若生ひとみさん(相模原市)の「伝統美と光の演出 ワンネスアート展」が、同市緑区牧野の「野山の食堂」で開かれている。里山の息吹の中で森林浴を楽しむような、パステルカラー調のほんわかした風合いの癒やし系の作品18点を展示した。

 

コットンパルプを原料に手すきに近い製法で作られるアルシュ水彩紙に薄めたアクリル絵の具を使って、里山と「人はみな深いところでつながっている」というワンネスの表現を直感的に刷毛(はけ)でドローイングする。

 

にじみが出てぼかしの効いた抽象画のほか、抽象画とトルコキキョウやサクラなどの花をアップした写真をパソコンに取り込んでコラージュした作品の2タイプがある。若生さん自作の和歌を添えた作品もある。心のやすらぎ、気持ちの和らぎを追求した。

 

横浜市出身で武蔵野美術大で視覚伝達デザインを学んだ。2013年から同食堂に隣り合う県立芸術の家の庭が四季を通じて制作現場。厳冬期は絵の具が氷って後から溶け出すにじみも絵に取り込む。直感的な表現とあってに全て1点もの。昨年はこの作品で舞扇も制作した。スカーフやストールにも応用した作品づくりを手掛ける予定。【高橋和夫】。”

 

(2018年5月15日 毎日新聞朝刊より)

活動実績

・武蔵野美術大学卒

・ルビーデザイン代表
・箱根強羅温泉 瑞の香り クリエイティブディレクター

・一般社団法人 日本カラーイメージ協会理事

・独立行政法人 工業所有権情報・研修館 
 知財総合支援窓口 デザイン専門家

 

自動車会社のカラーデザイナー、全国の自然系サイン&出版会社のデザイナーを経て、2000年4月にグラフィックデザイン事務所ルビーデザインを創業。主に販促物やWebサイトの企画進行・制作、イラスト制作を行っている。他にイベントやセミナーの企画進行、講演、ワークショップなどの実績も多数有。

お客様に寄り添いその分身となるようなデザイン制作を行う傍ら、毎月山に入って人の心を癒して元気にする絵画「ワンネスアート®」を描いている。ヒーリング歴17年、セラピストとしても活動中。

 

 


受賞歴

・ARTEC(欧州造形美術振興協会)金メダル受賞(2024年)

・第21回 ~25回 国際水彩画交流展 入選(2021~2025年)
・JIWI秋季国際水彩画展 入選(2021~2024年)

・第2回NY公募展アートインキュベーション 準優秀賞(2023年)

 ・横浜赤レンガ倉庫 iPhoneケース展2018 入選(2018年)

・越日文化交流フェスティバル2019 ベトナム外務局より感謝状授与

 

 

 

作品収蔵先

Chatres-sur-Cher庁舎(フランス)

ベトナム外務局(ベトナム)
ネルソンイングリッシュセンター(ニュージーランド)
佐々木美術館(仙台)

渋川八幡宮(群馬)
相模原市役所庁舎(神奈川)
熊本県益城町庁舎(熊本)
強羅温泉旅館 瑞の香り(神奈川)
総合福祉ホーム芙蓉園(都内)

恩田歯科クリニック(千葉)
一般財団法人 健康とアートを結ぶ会(都内)
ヒロカイロプラクティックオフィス(神奈川) 
ワンネスアカデミーセミナールーム(都内)
他、店舗及び個人蔵等多数

 

 

 

展示実績

さいごに…

クリニックや公共の場に私のアートを展示していただくことは、幼い頃からの私の夢でした。

 

大好きだった祖母が入院した時、その病室は無機質でとても冷たく感じられ、幼いながらにその空間が彼女の元気を奪っているように感じられました。

私は「私の絵をその病室に飾ったら、絶対におばあちゃんは元気になるんだ!」と信じきり、無心になって祖母のために絵を描いたのを覚えています。

 

後日、その絵を祖母の病室に貼ってあげたら、彼女は元気だった頃のように目を輝かせ、優しく微笑み、喜んでくれました。

その瞬間、私の絵画が祖母の笑顔とともにその空間をほんわか暖かく包んだように感じられ、全身の細胞が湧き立つような感覚があったのを覚えています。

 

その出来事が、私の人生に大きく影響し、アーティストになる礎にもなりました。

 

今、私の絵画は、医療の現場や心の勉強をおこなうセミナールームなどにも多く取り入れていただいています。

皆さまからの感想を伺っていると、私の夢がかなってきているのを感じています。

 

私は、私の絵画がこれからも病院などのクリニック、セラピーサロンの他、会社の応接室や休憩室、ご自宅のリビングや寝室などで、心を癒し元気になるお手伝いとなることを願っています。

 

アートセラピー(芸術療法)は「芸術行為は治療効果があり、全ての作品には心の内が投影される」という理論に基づいて行われる心理療法で、近年ではストレスケアや自己開発を求める人を対象としたワークショップや教室などが多く開かれています。

アートセラピーには心理学門的裏付けや土台があるだけでなく、絵画を見ることで脳が活性化され、セロトニンやドーパミンなどホルモンの分泌も活発にすることが確認されています。アートは心を癒したり、ポジティブな思考にしたりする効果を持っているのです。

 

今後、医療とアートとのコラボレーションが加速化し、処方箋として絵画が用いられるなど、ますますよい相乗効果として社会へ波及していくことを心から願いながら、活動を続けていきたいと思っています。

 

 

 

 

◎簡単なプロフィール

アーティスト

箱根強羅温泉 瑞の香り クリエイティブディレクター

 

幼少期より絵画制作を始め、5歳の時に女流画家に師事。公募展で受賞を重ねる。
高校時代に進路を見つめ直し、表現の幅を広げるためデザインの道へ進む。
美術大学卒業後、自動車会社のカラーデザイナー、全国展開する自然系サイン会社のデザイナーを経て、2000年4月にグラフィックデザイン事務所「ルビーデザイン」を創業。

 

「お客様の分身となるようなデザイン」を理念に制作を行う傍ら、2005年よりアート活動を再開。
2013年からは毎月山に籠り、「人の心を癒し、元気にする絵画」をテーマに制作を続けている。

 

現在は箱根の山中にアトリエを構え、毎年11月に東京・銀座にて個展を開催(14年継続)。2013年以降の絵画販売数は236点(2026年2月末現在)。

 

近年は海外での活動も広がり、アメリカやフランスを中心に作品を発表。2024年・2025年には在仏日本国大使館後援のフランスでの展覧会に出展し、各回ほぼ完売(32点×2回)となる。

 

また、箱根の温泉旅館にて3か月ごとの絵画展示を企画・開催し、作家の展示活動の支援にも取り組んでいる。

 

 

 

 

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